ハッピーライフ専科

話題やニュース、 書籍、経験、その他情報を通じて楽しく、ハッピーライフを目指している自己啓発・処世術・開運ブログです。

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誰にでもその人しか残せない贈り物がある。

おいでやす♪~ 

 

☆彡誰にでもその人しか残せない贈り物がある。

 

 今、世界では新型コロナウイルスでかけがえのない・尊い命が突然、失われています。

 

もし、明日死んでしまうとしたら、あなたは何をしますか?

 

どうせ明日までの命を刹那的な気持ちになって、好きなものを好きなだけ食べたり、好きなことを思う存分やったりと享楽におぼれますか。

 

部屋に閉じこもり、恐怖に怯え、わが身の運命を嘆き悲しみますか?

 

マルチン・ルターは「りんごの木を植える」と言っています。

「もし明日世界が終わるとしても、私は今日もリンゴの木を植えるでしょう」
これはマルチン・ルターが言った言葉です。

 

私(樋野 輿夫)は『明日この世を去るとしても、今日の花に水を上げなさい。』という言葉を患者さんにお贈りしています。

 

りんごの木を植える、花に水を上げる。

 

そこには、「一人ひとりに与えられた義務を果たす」という意味もあります。

 

でもね~

 

もっと大事なメッセージがこめられています。

 

なんだと思いますか?

それは、「自分以外のものに関心を持つこと」です。

マルチン・ルターは「りんごの木」私は「花」という単語にそれを託しています。

 

役割や使命は自分のことばかり考えているうちはなかなか見つかりません。

 

むしろ、自分以外のものに関心を持つと、自分のするべきことが見えてきます。

 

内村鑑三は「後世への最大遺物」で次の様に述べています。

 

「後世へ遺すべき物は、お金、事業、思想もあるが、多くの者がその才能を持ち合わせていない。だからといって子孫に何も残せないかというと決してそんなことはない。誰にでも残せる最大の遺物がある。それが勇ましい高尚なる生涯だ。善のために戦う真面目な生涯そのものが最も価値のあるものなのだ。」

 

「私が、私が」という人生よりも、自分以外のものに死ぬまで関心を持って生きる。


「自分以外のものに関心を持つと、やるべきことが見えてくる。」

「誰にでもその人しか残せない贈り物がある。」

それこそが内村鑑三の言う「高尚なる生涯」ではないでしょうか?

 

※雑感『花に最後の水をやることの意味』
私(管理人)は花に最後の水をやることの意味は花への「感謝の気持ち」が含まれているのではないかと思う。

『今日まで私を癒し、幸せな気持ちにしてくれて「花さん」ありがとう。

私は明日旅立つけれども、どうかあなたは私よりは1秒でも長生きしてください。』という意味を込めて最後の水をあげる。


そして、もう一つ花は置かれた場所できれいに咲いています。

花は立ち位置を決め、根を張り、そこの良い面だけを見るようにして生きているのではないでしょうか。

 

 「花は仕方なく咲いているのではなく、花は自分が美しく笑顔で、幸せに生き、周りの人を幸せにすることにより、あなたがここに植えたことは正しかったのですよ」

というメッセージをさりげなく表現しているのではないでしょうか?

 

そういう花の命とココロにたいして最後の水をやるに違いないと思う。

 

人生は一度だけ、でもね リセットは何度でもOK♪~ 楽しまなくっちゃ♪~

 

 

Good Luck!! 幸運を祈ります! おきばりやす。

 


以上は 樋野 輿夫著『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』より一部抜粋&加筆


★樋野 輿夫 OKINO HINO
順天堂大学医学部教授 がん哲学外来理事長
2008年「がん哲学外来」を開設、がんで不安を抱えた患者と家族を対話を通じて支援する個人面談を行っている。医療現場と患者の「隙間」を埋める活動を続けている。

★マルチン・ルター
マルティン・ルター(Martin Luther 、1483年11月10日 - 1546年2月18日)は、ドイツの神学者、教授、作家、聖職者。聖アウグスチノ修道会に属する。
1517年に『95ヶ条の論題』をヴィッテンベルクの教会に掲出したことを発端に、ローマ・カトリック教会から分離しプロテスタントが誕生した宗教改革の中心人物である。
両親
父:ハンス・ルダー、母:マルガレータ
配偶者
カタリナ・ルター
職業
神学者、司祭、牧師
出身校
エアフルト大学
思想
ルターは「人の姿となられた神の言葉としてのイエス・キリストにのみ従う」としてカルヴァン主義に比べてよりも信仰を重視し、信仰義認(信仰のみ主義、ラテン語Sola fide ソラ・フィデ)、聖書のみ、万人祭司といった思想を展開した。
また、ルターはドイツ農民戦争に際し、行為義認ではないが世俗の秩序を尊重する立場から農民暴動を批判している。
また、ユダヤ人を改宗しようと試みたが失敗したために『ユダヤ人と彼らの嘘について』(1543年)などを著し反ユダヤ主義的見解を発表し[11][12][13]、後のナチスの反ユダヤ政策に通じる提案を行った。
教役者の結婚
ルターはカタリナ・フォン・ボラという元修道女と結婚したことでプロテスタント教会における教役者、牧師の結婚という伝統をつくったことでも知られる(なお、プロテスタントでは万人祭司の強調から牧師は聖職者とは呼ばれない)。
聖職者の独身制を採っていたローマ・カトリックは、ルターら宗教改革者の結婚を非難した。1582年にケルン大司教宗教改革を導入すると発表して解任される事件が起こるが、ケルン大司教プロテスタントに改宗したのは結婚したかったからともいわれる。
これらの批判は長年にわたって続いたが21世紀に入ってカトリック教会の性的虐待事件発覚後に聖職者の独身制の意味が疑われている中で再評価され始めている。

内村鑑三
内村 鑑三(うちむら かんぞう、万延2年2月13日(1861年3月23日)- 昭和5年(1930年)3月28日)は、日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた。「代表的日本人」の著者でもある。
教派・教会名
メソジスト派、無教会派
両親
父:内村宜之
母:ヤソ
配偶者
浅田タケ(離婚)
横浜加寿子(死別)
岡田静子
子供
次女:内村ルツ子
長男:内村祐之
職業
教師、作家、新聞記者、出版社経営者、キリスト教伝道者
出身校
東京英語学校
札幌農学校(農学士)
(現北海道大学農学部の前身)
米国・アマースト大学(理学士)

 

内村鑑三と㈱十字屋について
今は亡き㈱十字屋(大正12年12月神奈川県平塚市において、衣料品、身のまわり品の小売業を営む十字屋呉服店として創業 本社は東京浅草橋)という小売業があったが内村鑑三の思想を小売業に具現化したものと言われている。


㈱十字屋初代社長は内村鑑三内弟子「山藤章七」であった。


「奉仕に開けて奉仕に暮れる」。がモットーで、週一で牧師さんを招き、聖書集会を開くという熱心ぶりであった。十字屋のロゴマークの+は十字架を表している。

 

十字屋最後の店舗、十字屋山形店は 2018/1/31に閉店を迎えている。


#神ともにいまして #讃美歌405番 歌詞付き

 

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 

神ともにいまして ゆく道を守り・・・ また会う日まで♪~(#405)

 

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ごきげんよう♪~

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