ハッピーライフ専科

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許すことで自由になろう。

☆彡「許し」がもたらすもの

許すということは、損をすることなのかもしれない。だから難しいのだ。

もうだいぶ前のことだけれども、周囲の人たちの無理解に腹を立て、不機嫌だった私に、一つの詩が与えられた。

 

もしあなたが、誰かに期待した

 ほほえみが得られなかったら

不愉快になる代わりに あなたの方から

 ほほえみかけてごらんなさい

実際、ほほえみを忘れた人ほど

 あなたからのそれを

必要としている人はいないのだから


 貰えるはずのものが貰えなかっただけでも「損した」と思うのに、こちらがそれを与えるなんて、これでは「ダブルの損」だと、私はその時思ったものである。

 ところが気づかされたのは、ダブルに損をすると「得になる」ということだった。

「シングルの損」だけにしておくと、残るのは腹立たしさや口惜しさだけであり、折あらば仕返しをと考える自分だけである。

 ところが思い切ってダブルに損をすると、そこには、褒めてやりたい自分が残り、「よかった」という満足感が残るから不思議だ。

 ダブルの損を実行するのは決して易しいことではない。

 まず相手の立場になる心のゆとり。「相手こそ、私の欲しいものを私以上に必要としているのだ」と考えることができるこのゆとりは、自分中心に生きている限りは生まれない。

 それは一つの"許し"である。

 次に、自分を大切にする決心。

相手の出方に左右されず、自分は自分であり続けようという強い意志とプライドが、ダブルの損を可能にしてくれる。

 売り言葉に買い言葉的言動をしてしまった後の惨めな思いを、誰しも少なからず経験いるのではなかろうか。

 かくて、自分の生活を大切にしたいなら、相手を許さないといけない。

 許すことによって、自分が相手の束縛から解放されるからである。

 夫の裏切り行為に苦しみぬいた一人の人が、その苦しみから立ち直ったときに言った言葉が忘れられない。

 「傷つけた相手を許すことによって、自立が可能になりました。」

 許すということは優しいことではない。しかし、許すことによって、私達は相手の支配から自由になり、自立を勝ち取るのだ。

かけがえのない自分の時間を、他人の支配に任せていてはもったいない。

時間の使い方は生命の使い方なのだから。

 韓国には、「行く言葉が美しい時、送る言葉も美しい。」という諺があると教えられたことがある。

 相手がどのようであっても自分は、"美しく話す"というは大変な勇気が要る時がある。

 しかし、それを実行しない限り、美しい言葉を相手から聞くことはできないのだ。

 求めるものを与える時、そこには主体性がもたらす豊かな人生が生まれる。

 許すこと、損することを惜しんではならない。

 


☆彡今日の一言 
①許すことで自由になろう。

 

②どうしても許せないなら、許せない自分を許す。

 

③時間を使うことは命を使うこと

 

一度だけの人生、でもね リセットは何度でもOK♪~ 楽しまなくっちゃ♪~

 

Good Luck!! 幸運を祈ります! おきばりやす。


以上は渡辺和子著「目に見えないけれど大切なもの」より一部抜粋&加筆

 

 


★渡辺 和子のプロフィール
渡辺 和子(わたなべ かずこ、1927年2月11日 - 2016年12月30日)は、キリスト教カトリック修道女 (修道女名:シスター・セント・ジョン)。 学校法人ノートルダム清心学園理事長。北海道旭川市生まれ。
父は台湾軍司令官や陸軍教育総監を務めた渡辺錠太郎。1936年2月26日、陸軍将校の一部らが起こした軍事クーデター「2・26事件」で、父親が反乱軍の将校らに殺害される場面を9歳のときに自宅で目撃する。
「血の海の中で父は死にました。凄惨な死でございました」
渡辺さんは当時のことをエッセイ集『美しい人に』などでも書いているほか、講演などでも折に触れて当時の様子や、加害者の遺族との「和解」や「赦し」について語っていた。
 
◆略歴
1927年、北海道旭川市で出生。父親は当時、陸軍中将で旭川第7師団長だった渡辺錠太郎で、53歳の時の子であった。4人兄姉の末っ子で次女。
1936年、成蹊小学校3年生で9歳の時に二・二六事件に遭遇。父の居間で、当時大将で教育総監だった父が青年将校に襲撃され、43発の銃弾で命を落としたのを、わずか1mほどの距離から目の当たりにした。
成蹊小学校、雙葉高等女学校(現 雙葉中学校・高等学校)卒業。
1945年、18歳でキリスト教カトリック)の洗礼を受ける。1951年聖心女子大学に通いながら上智大学で文書作成のアルバイトをし、1954年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。
1956年、29歳でナミュールノートルダム修道女会に入会。
アメリカへ留学し、1962年6月にボストンカレッジ大学院で博士号(哲学)を取得したのち、同年9月にノートルダム清心女子大学教授に就任。
1963年に36歳という異例の若さで岡山県ノートルダム清心女子大学の学長に就任(1990年に退任)。長年にわたり教壇に立ち、学生の心を支え指導する。
1977年にはうつ病を患う。1984年にマザー・テレサが来日した際には通訳を務めるなど多方面で活躍。著書も多数。
1990年にはノートルダム清心女子大学の名誉学長、及びノートルダム清心学園の理事長に就任。1992年~2001年には日本カトリック学校連合会理事長に就任した。
1996年、69歳の時にカルカッタの修道会本部を訪れる。
2012年に発売した著書『置かれた場所で咲きなさい』が、200万部を超えるベストセラーとなった。
2016年12月30日、膵臓癌により死去。89歳没。
 
◆受賞
1974年 - 岡山県文化賞(学術部門)を受賞
1979年 - 山陽新聞賞(教育功労)を受賞
1979年 - 岡山県社会福祉協議会より済世賞を受賞
1986年 - ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞を受賞
1989年 - 三木記念賞を受賞
2015年 - 広島大学のペスタロッチ賞を受賞[8]。
2016年 - 春の叙勲で旭日中綬章を受章[9]。
◆著書
『信じる「愛」を持っていますか』PHP研究所、1981年
『心に愛がなければ』PHP研究所、1986年
『現代の忘れもの』日本看護協会出版会、1989年
『愛をこめて生きる』PHP研究所、1989年
『愛することは許されること』PHP研究所、1999年
『目に見えないけれど大切なもの』PHP研究所、2003年
『愛と励ましの言葉366日』2004年、PHP研究所
『忘れかけていた大切なこと』2005年、PHP研究所
『「ひと」として大切なこと』PHP研究所、2005年 - 2003年刊行『人間としてどう生きるか』の改題版
『愛と祈りで子どもは育つ』2006年、PHP研究所
『美しい人に』PHP研究所、2008年
『幸せのありか』PHP研究所、2009年
『置かれた場所で咲きなさい』幻冬舎、2012年
『スミレのように踏まれて香る』朝日新聞出版、2012年 - 1970年刊行『人をそだてる』(サンパウロ)の改題、加筆修正版
『面倒だから、しよう』幻冬舎、2013年
『幸せはあなたの心が決める』PHP研究所、2015年
『どんな時でも人は笑顔になれる』PHP研究所、2017年
『あなたはそのままで愛されている』PHP研究所、2018年 - 遺稿集

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