ハッピーライフ専科

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たとえ落ち込んでも、自分を嫌わず、いじめずに生きていこう。

 ☆彡自分を嫌わず、いじめず


「シスターは、神様を信じているから、落ち込むことなんかないでしょう。」といわれることがあります。
とんでもないことで、信仰があっても、なくても、人間落ち込むことに変わりはないのです。

 

 落ち込む原因にはいろいろあります。体の調子が良くない時は、普段、気にしないことが気になって、ふさぎ込むことがあるものです。

 

 そんな時、私は夕食後、皿洗いを済ませて自分の個室へ戻ると、早寝をしてしまうことがよくあります。

 

三十六計逃げるにしかず。無理をしないで、とにかくせめて、体だけでも休ませてやるのです。

 

 自分の傲慢さから、「私は、もっとよくできたはずなのに」と期待外れのことしかできなかった自分が情けなくて落ち込むことがよくあります。

 

 こんな時は、少し頭を冷やして、「そういう時もあるものだ」とか、「これが私なんだ」と、自分を受け入れ、いたわってやることで、心が安らぐ時があります。

 

 他人から誤解されたり、ありもしない悪口を言われたり、そういうことを人伝てに聞かされて落ち込むこともあります。

 

 心に受けたこういう傷はなかなか癒されなくて、辛いものです。そんな時は誰かに「辛い」と打ち明けることで心の重荷が半分ぐらい軽くなることがあります。

 

でも、信頼できる相手でないと、打ち明けたことを後悔することもあると、知っておいた方が良いでしょう。

 

 打ち明けて語りて

 何か損をせしごとく思いて

 友とわかれぬ    (石川啄木)

 
 私は今から二十年前ほど前に、思いがけず「心に風邪」を引いてしまったことがあります。

 大学の学長職に加えて修道会の管区長職をいただいて、心も体も疲れ果てていたのだと思います。

 

 応接間でお話ししていてもいつの間にか眠りそうになったり、出会う人に微笑みかけることができなかったり、大学生に講義をしていて、言葉が続かなくて、"立ちん坊"になってしまったことがありました。

 

 学生たちに、「ごめんなさい」と謝り、しょんぼりして戻った学長室のドアの下から「シスター、今日の講義は、とてもよかったです。一学生より」というメモが差し込まれて、その優しさに涙するとともに、自分の不甲斐なさに、また落ち込んだこともありました。

 

 「私には、今の仕事をする資格はもうない。私の人生は五十歳で終わりなのかも知れない。」と落ち込み、死ぬことさえ考えました。

 

 その心の中を一人のアメリカ人のシスターに打ち明けた時、その人は静かに最後まで聞いてくれてから、こういったのを覚えています。

 

「あなたは、今まで人の二倍働いてきたのよ。今のあなたで、ちょうどいい」

 

 こういう人々の優しさが、最終的には私を立ち直らせてくれたのですが、やはり、風邪を引いた自分の心と、その後も二年間共に過ごさねばなりませんでした。

 

 落ち込んだ心を立ち直らせる特効薬などないのではないでしょうか。

 

 祈ることも大切です。

「立ち直らせてください。抜け出させてください。」という祈りは、いつかきっと聞き入れられることでしょう。

 

 祈ることによって、私たちは、自分の不完全さ、思い上がりに気付き、また、他人の不完全さを許す心のゆとりを取り戻すことができることがあります。

 

 先にも書いたように、祈ったからたちどころに心の傷が癒え、心に平安が戻るわけではありません。

 

 しかしながら、祈ることで、「痛みを抱えながら生きる」のが、私達にとって、当然のことことであることを悟り、かくて、私たちの人生には、同じく痛みを抱えて生きている人への優しさも育つのです。

 

 「災難に遭う時節には、災難に遭うがよく候。死ぬる時には、死ぬがよく候。これはこれ、災難を逃げるる妙法にて候」と、良寛和尚は、その手紙の一節に記して、います。

 

 落ち込んだ時は落ち込むのがよいでしょう。そんな惨めな思いをしている自分を嫌うことなく、いじめることなく、「いつか良くなる」ことを信じて、自分と仲良く過ごしている時、心を蔽っていた雲が晴れて、明るい日射しが以前より輝いて見えるのです。

 


☆彡今日の一言
①たとえ落ち込んでも、自分を嫌わず、いじめずに生きていこう。

②祈り、痛みを抱えながら生きていく。

③許す心を持って生きていこう。

④自分自身の応援団長になろう!

 

 

一度だけの人生、でもね リセットは何度でもOK♪~ 楽しまなくっちゃ♪~

 

Good Luck!! 幸運を祈ります! おきばりやす。


以上は渡辺和子著「目に見えないけれど大切なもの」より一部抜粋&加筆


※三十六計逃げるにしかず
計略には様々なものがあるが、困ったときはあれこれと策を練るよりも逃げるのが最良策であるということ。

形成が不利になったときは、逃げるべきときに逃げて身を守る方法もあるということ。
「三十六」とは、中国古代の兵法にある三十六種類の計略のこと。
『南斉書・王敬則伝』に「壇公の三十六策、走ぐるは是れ上計なり」とあるのに基づく。

 

★渡辺 和子のプロフィール
渡辺 和子(わたなべ かずこ、1927年2月11日 - 2016年12月30日)は、キリスト教カトリック修道女 (修道女名:シスター・セント・ジョン)。 学校法人ノートルダム清心学園理事長。北海道旭川市生まれ。
父は台湾軍司令官や陸軍教育総監を務めた渡辺錠太郎。1936年2月26日、陸軍将校の一部らが起こした軍事クーデター「2・26事件」で、父親が反乱軍の将校らに殺害される場面を9歳のときに自宅で目撃する。
「血の海の中で父は死にました。凄惨な死でございました」
渡辺さんは当時のことをエッセイ集『美しい人に』などでも書いているほか、講演などでも折に触れて当時の様子や、加害者の遺族との「和解」や「赦し」について語っていた。
 
◆略歴
1927年、北海道旭川市で出生。父親は当時、陸軍中将で旭川第7師団長だった渡辺錠太郎で、53歳の時の子であった。4人兄姉の末っ子で次女。
1936年、成蹊小学校3年生で9歳の時に二・二六事件に遭遇。父の居間で、当時大将で教育総監だった父が青年将校に襲撃され、43発の銃弾で命を落としたのを、わずか1mほどの距離から目の当たりにした。
成蹊小学校、雙葉高等女学校(現 雙葉中学校・高等学校)卒業。
1945年、18歳でキリスト教カトリック)の洗礼を受ける。1951年聖心女子大学に通いながら上智大学で文書作成のアルバイトをし、1954年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。
1956年、29歳でナミュールノートルダム修道女会に入会。
アメリカへ留学し、1962年6月にボストンカレッジ大学院で博士号(哲学)を取得したのち、同年9月にノートルダム清心女子大学教授に就任。
1963年に36歳という異例の若さで岡山県ノートルダム清心女子大学の学長に就任(1990年に退任)。長年にわたり教壇に立ち、学生の心を支え指導する。
1977年にはうつ病を患う。1984年にマザー・テレサが来日した際には通訳を務めるなど多方面で活躍。著書も多数。
1990年にはノートルダム清心女子大学の名誉学長、及びノートルダム清心学園の理事長に就任。1992年~2001年には日本カトリック学校連合会理事長に就任した。
1996年、69歳の時にカルカッタの修道会本部を訪れる。
2012年に発売した著書『置かれた場所で咲きなさい』が、200万部を超えるベストセラーとなった。
2016年12月30日、膵臓癌により死去。89歳没。
 
◆受賞
1974年 - 岡山県文化賞(学術部門)を受賞
1979年 - 山陽新聞賞(教育功労)を受賞
1979年 - 岡山県社会福祉協議会より済世賞を受賞
1986年 - ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞を受賞
1989年 - 三木記念賞を受賞
2015年 - 広島大学のペスタロッチ賞を受賞[8]。
2016年 - 春の叙勲で旭日中綬章を受章[9]。
◆著書
『信じる「愛」を持っていますか』PHP研究所、1981年
『心に愛がなければ』PHP研究所、1986年
『現代の忘れもの』日本看護協会出版会、1989年
『愛をこめて生きる』PHP研究所、1989年
『愛することは許されること』PHP研究所、1999年
『目に見えないけれど大切なもの』PHP研究所、2003年
『愛と励ましの言葉366日』2004年、PHP研究所
『忘れかけていた大切なこと』2005年、PHP研究所
『「ひと」として大切なこと』PHP研究所、2005年 - 2003年刊行『人間としてどう生きるか』の改題版
『愛と祈りで子どもは育つ』2006年、PHP研究所
『美しい人に』PHP研究所、2008年
『幸せのありか』PHP研究所、2009年
『置かれた場所で咲きなさい』幻冬舎、2012年
『スミレのように踏まれて香る』朝日新聞出版、2012年 - 1970年刊行『人をそだてる』(サンパウロ)の改題、加筆修正版
『面倒だから、しよう』幻冬舎、2013年
『幸せはあなたの心が決める』PHP研究所、2015年
『どんな時でも人は笑顔になれる』PHP研究所、2017年
『あなたはそのままで愛されている』PHP研究所、2018年 - 遺稿集

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